「フォーチュンセンター」の実践(イギリス)

 

 


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ここでは、イギリスでの乗馬療法の簡単な歴史と、フォーチュンセンター・オブ・ライディング・セラピー(Fortune Centre of Riding Therapy)での実践の様子について紹介します。(1997年当時)

 

イギリスにおける乗馬療法

 イギリスでは戦後、大戦で傷ついた兵士の精神的、身体的な治療のために乗馬が取り入れられ、「乗馬療法」が認められるようになっていきました。さらにチャリティ資金やボランティア活動による援助により、身体や精神に障害のある人のためのスポーツあるいはリハビリテーションを目的とした「障害者乗馬」として普及していきました。そして1964年に障害者乗馬助言委員会(Advisory Council on Riding for the Disabled)が設立され、1969年には障害者乗馬協会(Riding for the Disabled Association=RDA)として統合されました。(注1)その中で、上級教育や職業教育に馬を使用するというフォーチュンセンターでの試みは、イギリス国内ではもちろん、世界中でも始めてのことでした。そして今なお、その分野で先駆的な役割を果たしています。1977年の設立当初、生徒はわずか6名でしたが、これまで200名以上の生徒がフォーチュンセンターを後にしています。

(注1)滝坂信一「障害のある人々と乗馬」、こころとからだの健康づくりin大洋村―乗馬療法への道を探ってー(資料)、1997

               

修士論文「乗馬をめぐる教育的考察―『時間と空間の共有』を軸としてー」(一部加筆)より

 

 

 

 

「フォーチュンセンター」での実践から

私は1997年に、ロンドンの南西約140キロのドーセット州にあるフォーチュンセンター(障害者高等教育機関)で研修をする機会を得ました。このセンターの特色は、16~25歳の障害のある青年達に、馬事に関する職業教育を行うという点にあります。生徒達は2年間寄宿の共同生活をしながら、馬の飼育や管理、乗馬などのカリキュラムを通して基礎的学習、作業学習を行います。昨年の在籍者は31名でしたが、4つに分かれているグループの中の1つに焦点を当てて、指導の実際、青年達の様子を述べたいと思います。

 

〈グループによる総合学習〉

 私がかかわったグループは、ダウン症、自閉傾向、情緒障害などの障害をもつ女性6名、男性2名で構成され、グループティーチャーのジルのもとでプログラムにそって活動しています。私は助手として、このグループに3カ月間参加しました。

 午前中は、ジルによって馬の世話と管理の指導が行われ、学習困難のある生徒の指導資格をもつ指導者によって馬を素材にした国語、数学、理科などの基礎的総合学習が行われます。午後は乗馬を行いますが、その準備や後片付けも重要な学習活動となっています。そして馬房の掃除を最後に、夕方4時半には学習が終了します。ここでは、共同生活そのものが重要な教育であり、その意味では休暇で帰省する日を除く2年間全体が学習時間となります。

 

毎日の馬小屋そうじも大切な仕事です

          

〈自分で考え、気付く事を大切にした指導〉 

 午前8時30分、青年達が寮から専用のマイクロバスで馬小屋に到着します。“グッドモーニング、ミス・ミネザキ!”と真っ先に大きな声であいさつしてくれるのはダニエルです。こちらも負けずに“グッドモーニング、ダニエル!”。

 ダニエルはマリーと一緒にスポットという名の馬の世話を担当しています。まずえさと水が十分にあるかを確認し、蹄の掃除や全身のブラシがけをすることになっていますが、ダニエルとマリーは競馬の話に夢中でなかなか作業を始めません。私は“ここにきてまず初めにしなければならないことは何?”と2人に尋ねます。すると、ようやく彼らは作業を始めますが、しばらくするとまた話に夢中になります。見かねたジルが、“ブラシがけは何のためにやるのですか?”と尋ねます。2人は“汚れを取るため”と答えますが、ジルは、他にも血行をよくする効果があることや、馬の健康状態も見なければならず、それに専念する必要があることを説明します。それに納得した2人はブラシがけに集中しました。

 ブラシがけは、毛並みに沿って順序よく行い、力の入れ方にも気を配り、背中、たてがみといった場所によってブラシを変える必要もあります。単にやり方を覚えるだけでなく、頭も体も使い、集中力を継続することをねらいとしているのです。最後にジルが確認し、馬小屋にかけてある小さな黒板に“スポット、ダニエルとマリー、ウエル・ダン!(よくできました)”と書いたのを見て2人は大喜びでした。

 

2人で責任を持って馬の世話をします

 

 〈馬場は教室、馬は先生〉

 乗馬の時間になると青年達は、自分の乗る馬を室内馬場(2040b)まで引いて行きます。みんなが馬場にそろったら、一人ずつ順番に馬に乗ります。馬の乗り降りも自分ですることを目標としていますが、必要に応じてスタッフが補助をします。レッスンは初級と中級の2つに分けた4人ずつのグループで行われます。ダニエルの属する初級グループは、ジルの合図で一列になって歩く、止まる、右に回る、左に回るなどの基本的なことを中心に行います。私はレッスンがスムーズに進むように、馬の横について歩きながら、必要に応じて助言をしていきます。

 ダニエルは手綱を握る位置がずれやすく、そのため馬の速度等をコントロールすることができません。私は、前の馬との距離が近すぎると、前の馬が蹴る可能性があることを説明して、手綱を握る位置を示します。でも彼は“自分は間違っていない”と大きな声で怒って聞こうとしません。そこで、馬同士の距離を保つ意味や手綱の重要性、さらに馬上で急に大きな声を出せば馬が驚くことも説明すると、彼は手綱を短く持ち直しました。このようなことを通して、乗馬の際には人間が馬との約束事を守り、馬の気持ちも考えなければならないことに気付いていきます。またすべてにおいて“自己決定”が必要となることから、積極性とそれに基づく決断力も身につけるのです。

 

馬に乗る前の準備も生徒達で行います
週に1回は軽乗のレッスンも行います
馬の動きに合わせて歩いたり走ったりする「リズムワーク」

 

〈“意欲”を学ぶ〉                    

 私の滞在中に、ダニエルは作業を中断することも少なくなり、ブラシがけも丁寧にできるようになりました。これは、なぜそうする必要があるのかをダニエル自身が考え、そのことに気付くことができたからでしょう。また自分が注意された事の意味が理解できると、そこから自分の行動を変えていくようにもなりました。馬のスピードをコントロールできたなどの小さな達成感の積み重ねが、“自分にもできるんだ”という自信を与えたためと思われます。

  “意欲”そのものを教えることはできません。馬とのかかわりを通して、自分で身につけていくのです。そのための必要最低限で最大限の援助を行うのがスタッフの役割です。そして、その“意欲”を今後の生活を送るうえで生かしていけることをフォーチュンセンターは願っています。

『実践障害児教育』、学研、1998年9月号(一部加筆)より

グループのみんなで記念撮影

あるグループの週間スケジュール(学期ごとに変更あり)                                   

 

月曜日

火曜日

水曜日

木曜日

金曜日

土曜日

日曜日

AM7:00

起床

起床        

起床

起床

起床

週末のプログラム

(礼拝・買い物・散歩・

園芸等)

   7:40

朝食

朝食

朝食

朝食

朝食

   8:10

馬小屋へ

馬小屋へ

馬小屋へ

馬小屋へ

馬小屋へ

   8:30

乗馬準備

乗馬準備

乗馬準備

乗馬準備

乗馬準備

   8:45

乗馬レッスン

乗馬レッスン

乗馬レッスン

乗馬レッスン

乗馬レッスン

   9:45

グループティーチャーとお茶を飲みながら休憩

  10:00

学習

(読み書き)

学習

(計算)

学習

(読み書き)

学習

(計算)

学習

(計算)

  11:15

学習

(健康管理)

グループでの話し合い

軽乗

買い物

放牧場の

掃除

12:00

エサの準備

エサの準備

エサの準備

エサの準備

エサの準備

   12:30

昼食

昼食

昼食

昼食

昼食

昼食

PM 1:15  

馬小屋掃除

馬小屋掃除

馬小屋掃除

馬小屋掃除

馬小屋掃除

週末のプログラム

   3:30

お茶を飲みながら休憩

   4:00

乗馬用具の手入れ

ロッカーの整理整頓

礼拝

(希望者)

乗馬用具の手入れ

ロッカーの整理整頓

   4:30

寮へ戻る

寮へ戻る

寮へ戻る

寮へ戻る

寮へ戻る

   5:15

夕方のプログラム(入浴・夕食の準備等)

   6:30

夕食

夕食

夕食

夕食

夕食

夕食

   7:00

夜のプログラム(テレビ・読書等)

 

   9:30

就寝

就寝

就寝

就寝

就寝

(10:00)

就寝

(10:00)

就寝